長崎平和大使、核軍縮を訴える

長崎平和大使(日本の高校生や被爆者などから成るグループ)が今年もニヨンのUNI本部を訪れた。これに先立ち彼らは、核兵器廃絶・核軍縮を陳情する155,000余の署名を国連欧州本部に提出した。

平和大使を歓迎する中で、フィリップ・ジェニングスUNI書記長は、「核兵器のない世界のために活動する高校生を再び迎えることができて光栄だ。私たちもみなさんの夢と目標を共有したい。核兵器廃絶キャンペーンを支援したい。世界にはいまだ19,000の核兵器があるとされ、それらが使用される危険性は常につきまとっている。今日ここにいる被爆2世、3世、さらには4世をも含む平和大使は、悲劇が2度と繰り返されないよう、悲劇を忘れまいとしている。私たちはみなさんの行動を誇りに思い、共に進みたい。」と挨拶した。今回、在ブラジル被爆者の証言を伝えたブラジル出身の2名を含む生徒たちは、被爆者の存在と彼らが平和大使になった理由について、感情をこめて語った。

川崎有希さんは、自分の祖父の経験について語った。川崎さんの祖父は、原爆投下後、遺体の埋葬と死に行く人々のケアのため、100km離れた家から広島へ駆け付けた。彼女の祖父は、放射線の影響で病を患った。彼女のメッセージは「もう戦争を起こさないこと」だ。

片山宥那さんは、幼稚園時代に出会った被爆者の「全ての人が世界の平和を願い行動すれば、それは実現する」という言葉を伝えた。

相原由奈さんも、「あなた達が、被爆者の経験を直に聞くことのできる最後の世代。私たちはあなたにバトンを渡さなくてはならない」との被爆者のメッセージを伝えた。

平和のメッセージを受け継ぐことについて、全ての平和大使が強い責任感を表明した。現在、被爆者の平均年齢は77歳である。

UNIは、2010年の世界大会開催地である長崎の市民と温かい友情を育んできた。UNIのブレイキングスルー戦略では、核軍縮を目指す国際的な運動を支持している。

長崎でのUNI世界大会の4か月後、日本は壊滅的な地震と津波、そして福島における原子力発電所の惨事に見舞われた。地震と津波によりおよそ2万名の命が奪われ、さらに数千名が住居を奪われた。

1945年8月6日に米国による広島への原爆投下により約14万名が、そして3日後の長崎への2発目の投下で7万名以上の命が、一瞬のうちに犠牲となった。

長崎平和大使は、「長崎を最後の被爆地に」との訴えで活動を続けている。彼らが、被爆者の声を直接聞くことのできる最後の世代となる。


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